50代の男性です。右上の奥歯が痛いということで来院されました。
診査の結果、右上の一番奥の歯が被せ物が外れて土台だけの状態になっていました(左写真黄色矢印)。その歯の外側の歯ぐきにできもの(右写真黄色〇。サイナストラクトと呼びます)ができていました。この歯は数年前に他院で神経を取って薬を詰めたそうです。
レントゲンを撮影したところ、根っこに薬が詰めてあるのですが、大きな病変(右写真緑色の部分)ができ支えている骨が溶けていることがわかりました。現在の状況を説明したところ、患者さんはできるだけ歯を抜かずに長く持たせたいと希望されました。よって顕微鏡を用いた精密な根の治療を行うことにしました。
根の治療を行うに先立ち、CTを撮影しました。すると予想以上に歯を支えている顎の骨が病変で溶かされていることがわかりました(写真緑色の部分)。
さらに、以前の根の治療で正しい神経の道筋(左右写真黄色〇)から外れてしまい、根が壊れてしまっている(左右写真赤色×)こともわかりました。壊れている部分から、病変が大きく広がっています。根に詰められている薬は効果を失い、細菌が繁殖しています。よって詰められている薬を取り除き、根の中の細菌を徹底的に取り除くことにしました。
顕微鏡を見ながら、特殊な器材・薬品で根の治療を行い、以前に詰められた薬を取り除きました。
根が壊れているところから、大量の膿が出てきました。
その後数回根の消毒・洗浄で通っていただきましたが、膿は止まりませんでした。根の治療をこのまま続けても治らないと判断し、患者さんに説明を行い、意図的再植という外科手術を行うことにしました。
意図的再植とは、一度歯を抜いて、口の外で悪い根の部分を直接見ながら切断し、薬を詰めて、元の位置に戻す外科手術です。
意図的再植は、歯の根っこの周りについている歯根膜という組織が成功のカギとなります。時間をかけてゆっくりと丁寧に歯を抜くことで、根っこの周りにできるだけ多くの歯根膜が付いた状態で抜くことができます。そうすれば、歯を元の位置に戻した後、周りの組織と再びくっついて治ります。
歯を抜く時に、歯根膜が大量に剥がれてしまったり、口の外で歯根膜が乾燥して死んでしまった場合は、手術後に根が吸収され、骨と癒着してしまいます(アンキローシスといいます)。
根の病変の部分は歯根膜が壊死していると判断し、そこを境界として根を切断することにしました(写真黄色線)。
意図的再植の様子です。時間をかけて慎重に歯を抜いたことで、歯根膜(右写真黄色矢印)が根の周りについています。
根の先を診査すると、CTの通り、根の先端は一つで(写真青色〇)、その周りに根が壊され穴が空いていました(写真黄色〇)
穴の周りは病変ができ、感染していて歯根膜は存在しませんので、そこを基準に根っこを切断しました(左、中央写真)。根の中の汚染された部分も取り除きました(右写真)。
切断したところに、薬(MTAセメント)を詰めました。
セメントが固まったのちに、歯を元の場所に戻しました。大きく歯が動かないように、歯の周りを糸で軽めに縫っています。
手術して3週間が経ちました。歯は周りの組織と結合し、安定しています。
手術前と比べると、歯ぐきのできもの(サイナストラクト)が消失しています。
術後1ヶ月半、痛みなどは出ず安定した状態が続きましたので、土台を立て、プラスチックの仮の歯を入れました。反対側の歯と咬ませて経過観察します。
術後3ヶ月後、半年後にCTを撮影しました。溶けてしまった骨の再生が少しずつではありますが確認できます。歯ぐきのできものの再発はなく、歯が大きく揺れるといったこともないので、経過は今の所良好と思われます。歯と骨の間に隙間があり、現段階では骨との癒着はなく、歯根膜が生存していることが考えられます(写真黄色矢印)。
食事をしていても痛みはなく調子が良いそうで、最終的なセラミックの被せ物を装着しました。
この状態でどこまで安定してくれるのかはわかりませんが、長期的に残るように定期的に清掃しながら管理していくことになりました。
年齢:50代
男性治療期間:3.5ヶ月
治療回数:7回
治療費: 287,500円(税込)(初診料2,000円 再診料1回1,000円 精密根管治療120,000円 意図的再植術55,000円 歯型取り5,500円 セラミックのかぶせ物 99,000円)
【精密根管治療のメリット】
・歯を抜かずに残せる可能性が高くなる。
・歯が長持ちしやすくなる。
【精密根管治療のリスク・デメリット】
・外科処置が必要となる場合がある。
・骨が再生するには時間がかかる。
・治療途中に歯が割れたり、保存が不可能と判断した場合は抜歯になることもある。
【意図的再植術のリスク・デメリット】
・歯を抜かずに残せる可能性が高くなる。
・歯が長持ちしやすくなる。
【意図的再植術のリスク・デメリット】
・歯と骨がくっつかずに抜け落ちることがある。
・歯根膜が死滅すると、骨との癒着が起きることがある(アンキローシス)。
・術中に歯が割れているなど致命的な問題があった場合はそのまま抜歯になることもある。
【セラミックのかぶせ物のメリット】
・見た目が美しく、自分の歯の色に近い自然な白さを再現しやすい。
・精度が良く、虫歯が再発しにくい。
・金属アレルギーの心配がない。
【セラミックのかぶせ物のリスク・デメリット】
・歯に優しい強度のため、被せ物がまれに割れることがある。
・金属よりも歯を少し多めに削る必要がある。
精密根管治療、意図的再植術、セラミックのかぶせ物は健康保険がききませんので、今回の治療は自由診療(自費)になり費用がかかります。
当院は保険診療でも可能な限り歯を残すように取り組んでおりますので、歯のことでお悩みの方は、ぜひ当院にお越しください。